トライクの歴史
現在の「トライク」の原型となるのは、後部に大型の荷台を搭載し、アイスなどの販売や、警察でも多く採用されていた、アメリカ・ハーレー社のサービカー(SERVICAR)だと言われています。
このように言われているのは、現在のトライクがオートバイを元に改造したものが主流となっている為ですが、実は、トライクの原型となっているのは、オートバイ(自動二輪車)の誕生よりも先駆けて開発された「トライシクル」と言われるものです。
「トライシクル」とは、三輪車という意味で、現在では、フィリピンなどで広く利用されているサイドカー付きを付けた、オートバイや三輪タクシーのことも「トライシクル」と呼ばれています。
「トライシクル」の語源は「三角形(triangle)の自転車(bicycle)」で、そこから「トライク」と呼ばれるようになったと思われます。
現在のトライクは、オートバイを原型として改造されていますが、そのオートバイの原型になっているのが、自転車なのは容易に想像がつくかと思います。
この自転車をより安定させたものとして三輪自転車がありますが、その後部に出来た空間(後輪の間の部分)にエンジンを載せたものが、最初の「トライシクル」であり、オートバイの前身になったものです。
世界で最初のトライシクルを開発したのは、フランスのド・ディオン・ブートン社が開発した「モーター・トライシクル」と言われています。
※「トライシクル」という名称は、当時の三輪自転車の事を「トライシクル」と呼んでおり、その三輪自転車にエンジンを搭載したのが「モーター・トライシクル」として開発されました。
このモーター・トライシクルは1800年代末に生産されました。当時は自動車の開発が盛んに行われ始めた時代で、二輪車に搭載できるほどの小型化されたエンジンなどの技術がまだ発達していなく、事実、オートバイ(自動二輪車)が開発されるのは、この時期から五年ほど後のことでした。
日本には、1896年の都新聞から、このモータートライシクルが「石油発動自転車」として紹介されており、そのことからも世界的にモータートライシクルが普及していったことが伺えます。
その後、自動車とオートバイ(自動二輪車)の開発が進むにつれて、日本では、自動車とオートバイ、そしてモータートライシクルと自動車を融合させたような「オート三輪」が広く普及されるようになってきます。
そして、近年になり、アメリカで広く普及されている「トライク」が日本に輸入させるようになり、「オート三輪」のイメージの強さからか、過去のモータートライシクルは忘れ去られ、「トライク」という新しいスタイルのオートバイとして、認識されるようになったのだと思われます。
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